『コーヒー・アンド・シガレッツ』とレンタル屋の思い出

かつて自分が影響されてきた映画を人に勧めようとしても、今ではアクセスの容易でない場合が多くて困る。最近だと主流はサブスクなのだろうけど、選択肢が少ない。人におすすめの映画を尋ねられても、その限られたタイトルの中から相手の利用しているサービスにあるものに絞り込まなければならないから、最終的に観てもらえる作品はだいたい第二、第三番目のものになってしまう。レンタル屋も減ってきたし、そもそもDVDが観られない環境もあり得る。

10代の頃の自分にとって、CD/DVDレンタル屋は大切な居場所だった。すでにオンラインでmp3が手に入る時代だったからレアな音源はインターネットを介して聴いていたが、体系的な音楽の聞き方や映画の見方が身についたのはひとえにレンタル屋のおかげである。高校生の頃は通学路にレンタル屋があり、放課後に寄り道をして手当たり次第に借りて帰るという充実した帰宅部生活を送った。居酒屋でアルバイトをしていたが、そのバイト代はほとんどレンタル料に充てられた。

同じ趣味を持つ大人や他校の帰宅部員とバンド活動を通じてつながっていたので各々のおすすめを教えてもらったりもしたが、振り返ってみると「マストな重要作!!!」などと過剰なエクスクラメーション・マークで装飾されたヴィレヴァン風の手書きポップを介した、名もなき店員による「ゴリ押し」にも影響を受けていたと思う。店員のおすすめは、気になっていてもなんとなく敬遠して、借りるのを躊躇してしまう場合が多かったが、知人や友人におすすめしてもらった作品が店員の一押しと重なった時は迷わず借りた。現在あらゆるオンラインサービスで用いられているレコメンド機能が極めて有機的に作用していた時代であったといえよう。

そんなきっかけを通じて好きになったものの中でも、特にジム・ジャームッシュ監督の映画にはずいぶん影響されたと思う。最初に観たのは『コーヒー・アンド・シガレッツ』。映画通からすれば単なる「オシャレ系雰囲気映画」に過ぎないかもしれないが、自分にとっては、質の高い音楽や映画はBGMとしても優れた機能性を発揮するということをいつも思い出させてくれる大切な作品だ。この映画や『ゴースト・ドッグ』を通じてウータン・クランを知ることにもなったという意味でも意義深い。

ろくに娯楽のない田舎者にとって、喫茶店で誰かとコーヒーを飲みながらタバコを吸うだけで世界は面白いということは大発見であった。作品に登場する曲者たちとの出会いも、自分にとっては多様な立場や価値観を認め合うことへの契機であったように思われる。

いつかの友人や名もなき店員のように自分もこの作品を人に勧めたいと思い筆を取ったが、どうやらオンラインでの視聴は難しいらしい。Amazonで中古DVDが安く手に入るから、買って貸そうかしら。いや、でもここはやはり、街の中古屋を練り歩き、自力で探すべきだろうな。